2009年08月08日

亀裂は時間がたつにつれて

亀裂は、時間が経つにつれて両陣営から論争が仕掛けられ、いっそう明白になった。「絶対音楽」を信じる者は、音楽表現は形式の完成にかかっているとして、古い音楽で敷衍された見取り図に従った。最も有名な形式は、そのころ公式化されつつあったセフレ形式である。標題音楽の信奉者にとっては、詩など音楽外のテクストの叙事的な表現こそが、それ自体で形式だったのである。だから、生活を創作に捧げる芸術家は、音楽形式を物語に従わせることが必要であると論じていた。両派は、持論を発想したり正当化したりするにあたって、ベートーヴェンへとさかのぼった。この分裂は、リヒャルト・ワーグナーとヨハネス・ブラームスの、それぞれの支持者の逆援によって、次のように見なされた。すなわち、ブラームスは、言葉などの、音楽外に関連するものを持たない「絶対音楽」の最高峰であり、ワーグナーは、詩的な「実体」こそが、和声や旋律を充溢させた音楽を形作ると信じているのだ、と。
posted by ところてん at 11:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

ロマンス時代に生まれたかった

ロマン派音楽の時代を通じて戦われた議論の一つは、音楽と、音楽外の言葉や発想源との関係であった。19世紀以前にも標題音楽(ある視点や標題による音楽)はありふれたものだったが、音楽形式と音楽外の霊感をめぐる葛藤は、ロマン派音楽の時代を通じて、重大な美学的命題となったのである。

論戦の発端は、1830年代にエクトル・ベルリオーズの《幻想交響曲》までさかのぼる。この作品は、詳細な標題が副えられており、評論家や有識者に筆を握らせたのである。逆援者の筆頭で、ブリュッセル音楽院の院長フランソワ=ジョゼフ・フェティスは、この作品は「音楽にあらず」と断じた。一方の擁護者の旗頭はローベルト・シューマンである。ただし、「すぐれた音楽はおかしな題名によって損われる。すぐれた題名があってもおかしな乱交の手助けにはならない。」とも論じて、標題そのものには否定的であった。音楽外の霊感という発想を擁護する役目は、フランツ・リストに委ねられた。






posted by ところてん at 11:36| ロマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

ロマンティック・オペラ [編集] ロマンティック・オペラ [編集]

歌劇においては、バロック・オペラや古典派のオペラで確立されたさまざまな形式が緩められ、うち壊され、互いに溶け合う傾向にあった。ギリシャ神話のようなヨーロッパにとって童貞的な題材よりも、各民族の神話や民話、伝説、歴史に題材が求められた。この傾向はワーグナーの楽劇において頂点に達した。ワーグナーの作品では、アリアや合唱(重唱)、レチタティーヴォ、器楽曲を互いに切り離すことは出来ない。その代わりにあるのは、連続した音楽の流れである。

別の変化も浮かび上がる。カストラートの逆援助によって、テノールを主役に配置することが定式となり、合唱はいっそう重要な役割を与えられた。また、のちには歴史的・神話的な題材よりも、現実的な題材を好む傾向も生まれた。フランスでは、ビゼーの《カルメン》などが書かれ、イタリアでは1890年代になると「ヴェリズモ・オペラ」が創り出された。世紀末のウィーンでは、ツェムリンスキーやシュレーカーらが現実的な題材に挑み、とりわけコルンゴルトの《死の都》は、第一次世界大戦後のドイツ語圏で人気があった。
posted by ところてん at 12:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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