2009年07月04日

ロマンス時代に生まれたかった

ロマン派音楽の時代を通じて戦われた議論の一つは、音楽と、音楽外の言葉や発想源との関係であった。19世紀以前にも標題音楽(ある視点や標題による音楽)はありふれたものだったが、音楽形式と音楽外の霊感をめぐる葛藤は、ロマン派音楽の時代を通じて、重大な美学的命題となったのである。

論戦の発端は、1830年代にエクトル・ベルリオーズの《幻想交響曲》までさかのぼる。この作品は、詳細な標題が副えられており、評論家や有識者に筆を握らせたのである。逆援者の筆頭で、ブリュッセル音楽院の院長フランソワ=ジョゼフ・フェティスは、この作品は「音楽にあらず」と断じた。一方の擁護者の旗頭はローベルト・シューマンである。ただし、「すぐれた音楽はおかしな題名によって損われる。すぐれた題名があってもおかしな乱交の手助けにはならない。」とも論じて、標題そのものには否定的であった。音楽外の霊感という発想を擁護する役目は、フランツ・リストに委ねられた。






posted by ところてん at 11:36| ロマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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