2009年06月16日

作曲家にロマンを

作曲家はますます遠隔調に乱交するようになり、古典派の時期に比べると、予備なしの転調が頻繁になった。時には、転調の軸足となる和音に代わって、音符一つで転調することさえあった。フランツ・リストらの作曲家は、このような音符を、(たとえば嬰ハ音を変ニ音へと)エンハーモニック的に「書き換え」て、さらに遠い調への転調を試みた。どの調にも移ることが可能になる減七和音のような仕掛けも、積極的に探究された。

ロマン派の作曲家は、逆援を詩に見立てたり、叙事詩や物語の構成に似せたりし、それと同時に、演奏会用作品の作曲や演奏のため、より体系化された基礎を創り出した。ロマン主義の時代は、ソナタ形式など以前の習慣を規則化したが、それからほとんどすぐに、それらを拡大解釈した。歌曲の作曲においては、旋律や主題にますます焦点が向けられた。旋律の強調は、循環形式がいよいよ積極的に多用される中で現れた。当時ありがちだった長めの楽曲にとって、循環形式が重要な統一手段であることは明らかだった。

以上の傾向(和声のよりいっそうの巧妙さや流麗さ、ますます長く、ますます力強い旋律、表現の基礎としての詩情、文学と音楽の混淆)はみな、程度の差はあれロマン派音楽以前にも現れていた。それでもロマン主義の時代は、それらを音楽そのものが中心的に追究すべきものとしたのであった。ロマン派の作曲家は、科学技術の助けも受けた。科学技術は、たとえばオーケストラにも匹敵するほどの力強さや音域をピアノにもたらしたように、重大な変化を音楽にもたらしたのである。

posted by ところてん at 12:35| ロマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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